野の花を飾れば

華やかな洋花よりも、清楚な和花が好きです。

気高い和花よりも、野の花が好きです。

花さえつけるのかもよくわからない草に出会うと持ちきれないくらいいっぱいに摘んで帰りたくなります。

わたしが、野の草花を愛しく思い始めたのはかれこれ30年近く前のこと、二部治身さんの「百の緑 千の草花」(文化出版局)という本に出会ったことがきっかけでした。

道端の草が美しい                          どこにあっても人の足音を聞いているような草が好き。         種を見て、芽吹きを見て、花を見て・・・               草はいつも何かを語りかけ、教えてくれる。              温室咲きの一本の花よりも一本のえのころぐさにどれだけ力づけられ、感動させられることだろう。

この文章と共に表れたのは、ねこじゃらしやあかまんまを1種類だけ山のように籠や瓶に挿した豪快な生け花、あるいは茶花のようにひっそりと置いた安らぎの生け花。


今まで気がつかなかったけれど、自分の身の回りにこんなにも美しい世界があったのかと、一目で野の花の虜になったのです。

それからは、子どもたちの保育園の行き帰りや休日の散歩中に暇をみては草花を摘み、一緒に名前を憶えて、部屋の中に飾って楽しむようになりました。

わざわざ、雑草をプランターに植えるのか、と父に呆れられたりもしましたが、それも両手一杯のあかまんま(イヌタデ)を秋に飾りたかったから。

イヌタデをみると今でも両手いっぱいに摘み取りたくなる・・・

新しい猫たちがやってきてからは、もう目につくところにはなんにも飾れなくなってしまって私の楽しみも終わってしまいました。

唯一トイレだけは彼らの不可侵領域、こんな小さな場所ですが、わがやの四季はここでひっそりと小さく広がっているのです。

気持ちにゆとりがあるから花を飾るわけではない、花を飾るから、どうしようもなく慌ただしい日常の暮らしの中でほんの少し、心にゆとりができる。

外の景色を見る暇さえない日々に野の草花たちが小さな暦を運んでくれる。

草花を飾ることって、私が茶飯事会を立ち上げた理由にまっすぐに繋がっていることなんだなあ、とこうやって書きながらあらためて思っているところです。


大阪のお料理教室『茶飯事会』

「ていねいな暮らしはちょっぴりていねいな日常茶飯事から」

忙しく働くわたしたちだからこそ、暦や季節のうつろいを感じるひとときを日々の食卓から味わってみませんか。

大阪茨木市の自宅教室と、大阪市西区のうつぼ公園教室で開催しています。