わすれられない「母の日」

あしたは「母の日」ですね。

メールマガジンにも「母の日」への思いを記しましたが、もう一つの忘れられない「母の日」のこと、こどもだったわたしの思い出から消えない「母の日」のことを書いてみようと思います。

 

「母の日」はお母さんへの感謝をこめてプレゼントを渡す日。

こどもの頃は純粋にそう思っていました。

 

だから、幼稚園や小学校で赤いカーネーションを工作していた頃は、なけなしのお小遣いで母にささやかなプレゼントを贈るのが毎年の密かな楽しみでした。

 

「おかあさんの喜ぶ顔が見たい」その一心で。

 

小学校何年生のときだったか、いつも通学で通る商店街の洋品店の店頭に、絶対に母が欲しがりそうな紫の糸が織り込まれたサマーニットが飾られているのを見つけました。

 

今度の母の日にはあれがプレゼントできたらなぁ。 

そう思って恐る恐る近づいてみると、値段は忘れもしない、1500円。

当時のこどものお小遣いでは到底手の届かない買い物です。

 

すぐに無理だと悟ったもののどうしても諦めきれずに何日か迷ったあげく、事情を話してなんとか父の賛同を得てお金を借り、売れてしまわないうちにと急いで買いに行きました。

父だけに打ち明けた秘密のミッション。

 

小さなこどもが買うものではないからお店の人も最初は怪訝そうでしたが、事情を話すと快く会計をして「お母さんが喜んでくれるといいね」と成功を祈って送り出してくれました。

 

おとなのお店にひとりで入り、おとなの服を買う。ものすごくドキドキしたけど、うまくいったそのときの達成感、母の喜ぶ顔も浮かんでるんるんの帰り道。

それを今でも覚えています。

ひとりでそんな買い物をするのが初めてだったので、きっとまだ低学年のことだったのだと思うのです。

 

 

さて、帰宅してさっそくこっそり隠しておこうとしていたそのとき・・・。

 

運悪く見つかってしまったのです、その現場を母に。

(記憶が曖昧なのですが、おそらく今のようなおしゃれなラッピングはしていなくてただの包装)

 

こどもが買えそうにないものを持っていたのですから、当然母は訝ります。

「それ何?」

 

でもわたしは母の日のプレゼントだとは口が裂けても言えません。

 

黙り込んでいるものだから、母はますます問いただすのです。

「それ何?」

「洋服…」

「そんなものどうしたん?」

「……」

「黙ってたらわからへん。どうしたん?」

「……自分で買った。」

「お金はどうしたん?」

「………お父さんに借りた」

「なんでそんなことを!!!(怒)」

「…………(涙)」

 

長い長い(と思えた)やり取りの末にとうとうしくしく泣きながら包みを開けて、それが自分への母の日のプレゼントだとわかったときの母のなんともきまり悪そうな顔。

今でもあの顔は忘れられません。

 

ああ、お母さんのこんな顔が見たかったのではないのにな。でもでも、喜んでくれたからよかったけどな。

悔しいのと哀しいのとうれしいのとがぐちゃぐちゃになったあのときの気持。

 

父が夜に帰宅して、ミッションが未遂に終わったことを知り、わたしのためにとても残念がってくれたのは言うまでもありません。

 

母の日当日におもいっきり母を喜ばせようとしたわたしの目論見が見事に外れた、わたし史上にポツンと残る苦くて甘くてちょっぴり切ない思い出です。

 

 

母にも父にもあの日のことを覚えているかとうとう聞けずじまいでしたが、笑い話として語り合ってみたかったなぁと今頃になって思います。

 

娘の健気な?企みを途中で台無しにしてしまった申し訳なさと受け取った気持ちに対するうれしさと。 

もしかしたら、母にとっても忘れられない「母の日」だったのかもしれませんね。

 

 

*写真は、こどもたちが小さい頃に学校で作ってきてくれたカーネーション。今でも宝物。こればかりは捨てられません

 

 

投稿者プロフィール

清水 かおり
料理教室「茶飯事会」主宰。食卓カウンセラー。ときどき、獣医師。

「ていねいな暮らしはちょっぴりていねいな日常茶飯事から」をコンセプトに、「おとなの飯事(ままごと)〜四季折々のばらずしの会」や季節のごはん教室、出張ごはん、など、誰かの食卓をシアワセにするためのお料理活動を展開中。

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