休日さんぽ〜おばあちゃんに出会った日〜

兄姉とは年の離れた末っ子のわたしは、小さい頃からずっとおばあちゃん子でした。

当時大阪の堺で独り暮らしをしていた祖母は、私たち一家が転勤であちこち引っ越していても、必ずやってきては長い間滞在し、家事を担い、私たち孫を可愛がってくれていました。

今から思えば、大阪から島根県の松江や岡山県の山奥にある新見まで、ひとりで汽車を乗り継いで・・・当時は相当大変な道のりだったでしょうに、きっと孫に会いたい、娘を手伝いたい、その一心でやって来てくれていたのでしょう。

その思いは、今なら手に取るようによくわかります。

末っ子の特権でしょうか、わたしはいつも祖母を独占し、寝るときもずっと一緒でした。

その時に、祖母が歌っていてくれた、子守歌。

「ねんねんころり、・・・・ てんまのいちは・・・・ だいこそろえてふねにのる・・・・」

断片的にしか憶えていないものの、舟とか川とか暗闇が目に浮かぶ、こども心にももの哀しい雰囲気の漂う歌、それでも聞いていると安心して眠りにつくことができた、そんな不思議な歌でした。

遠い日の記憶ながらなぜかずっと頭の片隅にあったのですが、最近私にも孫ができ、子守りをしているときにこの歌の思い出が蘇ってくるようになり、少し気になっていた矢先、うれしい出来事が起こりました。

きのう、久しぶりに大阪市内に出かける用事があって、昔住んでいたあたりを友人とぶらぶらし、たまたま見つけた大川沿いのカフェで休憩をして外に出たら、真っ先に目に飛び込んできたのが「天満の子守歌 歌碑」という石碑でした。

え、もしや、おばあちゃんの子守歌?

その石碑が指し示す方向に行ってみたら、ありました! あったのです。

あの懐かしい歌の碑が川沿いに続く公園に子守り像と一緒にひっそりと佇んでいたのです。

ああ、まさしくおばあちゃんの子守歌。

たまたまこの日にこの場所を選んで友だちと会って、たまたま雨が上がっていたから川沿いを歩くことになり、たまたま入ったカフェの目の前でみつけた偶然の重なりは、きっと必然だったと今日になって思います。

おばあちゃんになった私に祖母が会いに来てくれたんでしょうか。

せいぜい可愛がってあげなさいよとエールを送ってくれたのでしょうか?

碑に刻まれた歌詞を目で追いながら、なんとも言えない温かくて懐かしくてうれしくてそしてありがたい気持ちに包まれたのは、そのときそばに祖母がいてくれたからかもしれません。

歌詞は蘇ってもメロディはわからずじまいなので、この歌を孫に歌うことは叶いませんが、私は私の「マイ子守歌」で、祖母のように孫に思い出を託せたならうれしいことだなあと思いました。

ちなみに、歌うと孫がすやすや眠ってくれる(様な気がする)私の「おはこ」の子守歌は、「ゆりかごの歌」です。

満月の夜に、たわわに実るびわの木の下で赤ちゃんが眠るゆりかごのつるをキネズミが揺らし、子守歌をカナリアが歌う・・・

天満の子守歌よりも少しメルヘンな世界が孫の記憶にとどまってくれるでしょうか。

*余談ですが、祖母が枕元でいつも話してくれた昔話は、キツネが女の人に化けたおはなしで、おしまいのセリフは決まって「こいしくばたずねきてみよいずみなるしのだのもりのうらみくずのは」でした。

意味などよくわからないのに、覚え込んでしまったこの呪文のようなせりふ。

おばあちゃん、なかなか渋い。



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